2008年11月5日

『大応援団モバイル』にお引越しします!

ちょうど一年になります・・・。

この「大応援団」で、がんばり塾の通信「応援団」を載せてきました。

このたび、この「大応援団」は、

『大応援団モバイル』の方へ、引っ越すことにしました。

たくさんのコメント、そして見守ってくれた方々、

本当にありがとうございました。


『大応援団モバイル』の方は、携帯でも見ることができるという利点があり、

また、少しずつ読者の方も増えてきているという理由から、

今回このブログを閉じようと思います。


これからは、

がんばり塾のブログ通信は、

『大応援団モバイル』ということになります。

どうぞ、これまでと変わらず、末永くお付き合いいただきますように、

今後ともよろしくお願いいたします。

本当にありがとうございました!


応援団長より


がんばり塾ブログ通信『大応援団モバイル』 → http://ameblo.jp/kattyan5-mobile/

2008年10月24日

76


 新しいお友達!>
このたび、新しいお友達が3人増えました。
5年生と3年生、そして、1年生です。
みんな、よろしくね!慣れるまで、いろいろと教えてあげてね♪

<「したじき、ひいてる?」>
 子どもたちが宿題をしているとき、
ノートにしたじきをひいているかどうか、
またおうちの方でようく見て一度、確認をしてあげてください。

 塾へ来るようになって、
したじきを忘れずにひくようになった子がいます。
自分でいつも意識して・・・。
 
 そういう子は、字もていねいに書くように気をつけるようになります。
そうすると書き順も正しく覚えようとするようになります。
計算も正確にできるようになってきます。
できるだけ何事も「ていねいにしよう」という気持ちが育ってくるわけです!
 
 子どもたちからすると、ちょっとしたことかもしれません。
「いいやん、したじきくらい」みたいな感覚、
もっと言うと「面倒くさいもん」という顔する子がいます。
 
 私は、いつもどんな顔されようが、
「したじき、ひいてる?」と声をかけています。
「たかがしたじき、されどしたじき」です。
その効果は、上で述べたとおりです。
 
 わりとひかない子が多いんですよね~!
 放課後子ども教室で
1、2年生の子たちが宿題をしている様子を見ていても、
ほとんどの子がひいてないですね。
 「したじき、ひきなよ」と声をかけると
思い出したようにあわててひく子が多いです。
それでもひかない子もいます。
 
 少なくとも塾にきているときは、
気がついたらすぐにいうようにして、
その子自身が自分で意識して
したじきをひくようになってくれるといいな、と思います。
子どものためですからね♪

ふでばこ、したじき、けしごむなども、忘れないようにね!

応援団長より

2008年10月11日

応援団NO.75 読書の秋・・・!


<読書の秋・・・!(私の読書遍歴・暴露版)>

 「残った時間を読書にしたいので、本を持たせてください。」
と、がんばる子のノートに書きながら、ちょっと気恥ずかしい思いをしている私です。
 正直に言いましょう。
 私は何が苦手って、小学校の時から「読書」が一番苦手でした、長い間・・・。(はずかし!)
 私の本との出会いは、父がよく読んでいた中央公論社の「日本の歴史」でした。
 本棚を半分以上並ぶ「日本の歴史」の本を見て、「こんなん俺には絶対読みきれやんわ。」と思ったときのことを今でも思い出します。
 そうなんです。
 私の本との出会いは、マイナスイメージとしてしかなかったというわけです。
 そんな父が、「人は、自分の背丈くらいの本は読むもんだ」なんていうから、余計に本嫌いになりました。
 そんなに読めるもんじゃないと自分で決め付けていました。
 学生時代も野球ばっかしやっていて、じっくり本なんか読んだ覚えがありません。
 大学で卒業論文を書くときに関係の本を買って読みましたが、それは「味わう、楽しむ、読書」では、ありませんでした。
 本を読む本当の楽しさを私は知らずに大人になりました。
 
 教師になってからも、「月に2万円は本に費やせ」みたいなことを言われましたが、教師の仕事に関係する書物ばかりで、いわゆる「趣味としての本」は、なかなか読んでいてもじっくり楽しむことができませんでした。
 (それだけ気持ちが仕事にとられていたのでしょうね・・・。)
 そんな私が、「おもしろい!」と思って、初めて出会った本は、井沢元彦の『逆説の日本史』という本でした。
 父の好きな歴史の本の「逆説」という意味ではありませんが、なんとも皮肉なものです。  (笑ってもいいところです・・・。)(笑)
 
 この本は、歴史をひもとくのに教科書で習ったことをもう一度検証しなおしてみたら、見方をかえれば、こういう説も考えられるのではないか、ということを年代を追って綴られています。
 ショックでした。
 例えば、聖徳太子の名前は、死後につけられたもので、その魂をしずめるために「聖徳」とつけたのでは・・・などなど、これまで習ったことを次々とひっくりかえしていくような文章が続くのです。
 「これは、おもしろい!」とこれまでとは違った感覚で読み進めることができました。
 それは、まだまだとっても最近のことです。
 10年くらい前でしょうか。(はずかし!)

 それ以後は、「この人シリーズ」で続いていきます。
 井沢元彦の著書をひとつひとつ読み進めていきました。
 私の性格なのか、どうも私は、「この人シリーズ」で収集する癖・傾向があるようで、趣味の大好きな音楽もひとつのグループ(たとえばクイーン)なら、その人(グループ)のものを片っ端から全部手に入れたり、はまったりするんですね。熱しやすく冷めやすいところもありますが・・・。
 
 井沢シリーズの後は、よく映画になったものをもう一度小説で読み直すということを始めました。
 「世界の中心で愛を叫ぶ」「博士の愛した数式」「いま会いにゆきます」・・・などなど。
 そして、天童荒太の「永遠の仔」に出会います。
 これは、衝撃でした!
 自分でもびっくりするくらい、分厚い上下巻を一気に読み上げました。
 本を読んで泣けてきたのもこの本が最初でした。
 この人のシリーズはそれほど続きませんでしたが、この本から受けた「ミステリーのなかの人間模様」みたいなのが好きになり、重松清、東野圭吾などのシリーズを読むようになりました。
 梅沢猛や五木寛之などの人生論みたいなのもよく読むようになりました。
 その間、有名なリリーフランキーの「東京タワー」も読みましたね。
 これは、泣きました。
 今まで本を読んでこんなに泣いたことはないというくらい泣きましたね。
 読むのはいつも寝る前にベッドで読むのですが、いいところになってきたらやめられず、一気に読んで布団に顔を押し付けるようにして思い切り泣きましたね。
 この小説を読んで、自分もこんな小説を書いてみたいと思いました。
 これは、ここ数年にない感動の作品でした。
 何度も読んでいます。

 そして、今、「ミステリーシリーズ」で読んだ、横山秀夫の「半落ち」で、はまってしまって、「横山秀夫シリーズ」で読み進めています。
 以前に買っていたものももう一回引っ張り出してきて、もう一回読んでいます。「動機」「影踏み」「影の季節」「クライマーズ・ハイ」「震度ゼロ」・・・。
 
 これも、私だけかもしれませんが、どうも1回読んで、2回目読んでも、同じようなところで新しい感動をすることができる、とてもエコロジーな読書ができます。
 何度でも同じものを読める。
 また違う感動がある。・・・とってもお得にできてます、この頭と心。
 ちっちゃい子が何度も同じ絵本やDVDをせがむのと同じでしょうか(笑)・・・。
 今は「横山秀夫ブーム」です!
 また、家にあってまだ読んでない本も隙間に読んでいます。
 教師時代に買って積んだままになっているのを出してきて無理やり読んだりします。
 よく眠れます(笑)

 
 「子どもにどんな本を読ませたいか」・・・とよく言いますが、やっぱり親が親としてどれだけ読んでいるか、どれだけ好きか、ということも大きく関係すると思います。
 うちの子たちには小さいとき、寝る前によく読み聞かせていましたが、その効果は・・・まったくですね。(言い過ぎかな?)
 だって、その読み聞かせると言う「行為」だけで親(私)のその本に対する感情や感動は、今から思うと「なかったなぁ」って反省します。
 ここまで大きくなると、もう自分の力で、どこかで「運命の本」と出会えることを祈るしかありませんね。
 そのひとつの手として、本屋やライブラリーへ連れて行く、ということはいいかもしれませんね。
 目にふれる機会として。
 でも、これも親自身が「読みたい」という気持ちがないといけないでしょうけどね。
 親子でまわし読みなんてできるようになるといいですね~!

 この秋、我々大人も、子どもに負けないくらい、よい本に出会えますように・・・♪

2008年9月29日

応援団NO.74 みんな、がんばった運動会

<みんな、がんばった運動会! >
 T小学校の運動会は、のびのびで、結局月曜日に行われるというちょっと残念なことになってしまいましたが、とてもいいお天気になりましたね。

 みんな暑いなかとてもよくがんばっていましたね!
 

 先生は、ちょっと見る場所に困りながら、でもキンシャの横のベンチのところで見ていました。視力だけはよいので、運動場の隅々まで見れてみんなの活躍ぶりをしっかり見せてもらいました。ちょっとテントが邪魔で運動場の南の方は見にくかったですが、首をふりふり背伸びしながら見ていました。暑い日でしたね。すっかり真っ赤っかに日焼けしてしまいました。
 

 先生を見つけて、声をかけてくれた子もたくさんいて、とてもうれしかったです。
 プログラムがわからなかったので結局最初から最後までずーっと見ていました。
 

 みんなのおうちの方だけじゃなく、他の知り合いの保護者の人にも会えて、とても懐かしくおしゃべりすることができて、本当に楽しかったです。
 

 6年生にとっては、最後の運動会。
 2年生の時に担任した子たちです。
 みんなホントに心も体も大きくなってびっくりするとともに、その成長にとてもたのもしく思いました。
 
 最後の組み立てはどの演技も一生懸命歯を食いしばっている姿を見たら胸が熱くなって泣きそうになりました。
 
 とてもよくがんばっていました!またひとまわり大きくなったことでしょう。
 

 日時がうまく合えば、音楽会も見に行きたいなと思いました。

 A小学校の運動会は、朝いい天気と思っていたらだんだん寒いくらいの日になりました。 

 運動している子どもたちにとっては、暑くも寒くもなくちょうどよかったのかもしれませんね。
 

 塾に来てくれている子を一生懸命探しながら、うろうろしていました。
 「あー!なんでおるの?」「行くって言ったやん!」・・・なんて、見つけてくれた子、塾での様子とまったくいっしょの子もいれば、
 大勢の前にでて大活躍をしている姿を見せてくれた子もいて、
 「いろんな場所、場面で子どもってちゃんと自分を育てているんだなぁ」と感心させられました。
 

 その場その場で言動が変わることは、子どもにとってはそれが「自然なこと」であり、それらが全部「自分(その子)」なんだろうなと思いました。
 

 学校での自分、塾での自分、友達といるときの自分、おうちでの自分・・・それぞれ違ってもそれら全部が「その子」なんだろうなと思いました。

 そして、ひとりの子どもをみるとき、一方だけの見方ではどうしても偏った見方になってしまうんだろうな、いろんな場面での「その子」の姿を見守ってあげることが「その子」をより深く知るうえで、大切なことなんだなと改めて考えさせられました。

 「運動会で、子どもたちはまたひとつ大きくなる」ということは、私もよく感じたことでした。ひとつのことをやりとげたことで、「がんばったね!」とみんなからほめてもらえるからかもしれませんね。
 
 いろんなことに挑戦してやり遂げたその充実感が自分に自信をもつことができるのだといえると思います。
 今後の、子どもたちの大きな成長を、また見守っていきたいなと思いました。


<かなしいおはなし・・・>
 ここでは、少し「かなしい」おはなしをしなくてはなりません。

 先日のこと、塾生のAくんの自転車が、帰るときになったら、自分で止めておいた場所とは違う場所に止められていたのです。(用水路のところに止めてありました・・・。)

 「誰がこんなことを!」と私は最初ものすごく腹が立ちました。
 やった本人はきっと「いたずら」くらいの軽い気持ちだったのでしょう。
 やった子は、Aくんと私が顔色変えて辺りを探しまわったことを知らないでしょう。
 「ここら辺ならちょっと探せばわかるだろうから。へへへ。」といったくらいの気持ちなのでしょう。
 そう思うと腹が立ちました。みつかったことはホントによかったですが・・・。

 そして、だんだんかなしくなりました。
 まさか、塾の子のなかにそんな子が・・・とは思いたくありませんでした。
 うちの近所の子にそんなことをする子がいるんだろうか。
 心無い大人の仕業とはどうも考えられない。・・・じゃあ、いったい誰が・・・!
 

 そうなると、少なくとも校区の子の中にそういう「いたずら」、というよりこれは「いやがらせ」ともとれる「いやしい」ことをする子がいる、・・・そう思うと、とてもかなしくなりました。
 

 また、その子の「いたずらしてやれ」という気持ち、Aくんの自転車と知ってか知らずか、そういう人の気持ちをもてあそぶような、その心を思うと、とってもかなしくなりました。

 その子の「心がかなしい」と思えてなりませんでした。子どもですからなおさらです。
 

 今後は、しばらく様子をみていこうと思います。「またそういうことがあるかもしれない」ということもふまえて、二度とないように気をつけていきます。これは私の責任です。
 

 これからは、自転車で来る人は、実家の小屋の前へ止めてもらうことにします。
 鍵もするようにしましょう。

 そうすることで、やった子の「かなしい」気持ちが、「さびしい仕業(しわざ)」を思いつかないようにしてやらなければ、と思いました。
 
 もう二度と起きることはないと思いたいです。

 
 おうちでもそれぞれでまた気をつけるように、
 そして是非機会をもうけて、「このこと」の「かなしさ」をお話してあげてください。

 また、他のことでも、何か変わったことや気がつかれたことがありましたら、すぐに私のほうまでお知らせください。

 よろしくお願いします。




♪ 

2008年9月9日

応援団NO.73 自分を認めるということ


<自分を認めること・・・>
 「自分を認めること」・・・これは、私たち大人でさえ難しいことです。
 ここでは、子どもたちに見られる姿から「子ども」の感じ方を見直し、私たちも改めて「自分を認める」ことについて考えてみたいと思います。

その1・×(バツ)をいやがる子どもたち
 よく見られるのが、自分で計算ドリルや漢字ドリルの答えあわせをしている時です。
 テストで先生に×(バツ)をつけられるのは、どうもしかたのないことととらえているように思いますが、自分で答えあわせをしている時に、自分で書いた答えが違っていた時その赤鉛筆が止まることが多いです。
 そのときに子ども達がとる行動は次の4つくらいです。
① どうしたらいいかわからず、先生の指示を待つ。あるいはバツをうたずにとばして次へ進む。
② 力なく番号にチェックし、次へ進む。直さない。
③ まちがえたところを上からなぞって書き込む。計算の場合、答えを赤で写すのみ。
④ 番号にバツをうち、答えあわせを先に済ませ、まちがえた問題を最後の問題の次の場所へもう一度鉛筆で最初から考え直し、書き直す。
 
 ①~④のなかで、どれが一番よいかは、すぐおわかりですよね。
 ④ですよね。
 
 そうなんです!子ども達は、なかなか自分がした問題でまちがえたものに自分でバツをつけることを以外にしたがりません。
 ①のようにどうしたらいいのかわからない場合は除き、
 ②③の場合は、どういう感じからそうなるのでしょう?
 私にもかすかに覚えはありますが、「全問正解で終わりたい」という気持ち、「赤で上から直すとぐちゃぐちゃになってしまうので、それがいや」という気持ちからではないでしょうか。   そりゃあ、全問正解、赤ペン直しなし、が自分にとって気持ちいいのは誰でもそうですよね。
 でも、「自分を鍛える」という視点からは、もしまちがえたときどうするべきか。
 そう考えると、自分のまちがいをきちんとまちがいとして認め、もう一度正しい答えが出せるかどうか、自分のやりかたや覚え方のどこがまちがえていたのかきちんと自分で受け止め覚えなおすという作業が必要ですよね。
 問題を解く前からそういう態度で向かうことが重要です。
 これが、子どもにはなかなか最初からできないことが多いです。
 当たり前です。
 自分で「そのような取り組み方」をするということは、もっともっと先の将来になって、自分で気が付くまでは、自分でできることではないと思います。
 そこで、ただ答えあわせをするということだけでなく、私たち見守る大人が、「まちがえたらきちんとバツをしてよくわかるようにしておこうね。そして、答えあわせが終わってからもう一度やり直してみよう。どこがまちがっていたのかな?」と声をかけてあげたいものです。
 バツをつけただけだから、やりなおしたものと見比べてどこをまちがえたのかがよくわかります。
 理想をいえば、同じページで見比べれるとベストですよね。
 でも、これは、問題を解いていくときから、ノートの下の部分を空けておく必要があります。本当は、そういうノート指導を願いたいものですが、「もったいないから」とか「まだ書けるから」といって、答えあわせの前にノートのページがびっしりってことが多いです。
 子どもの力をつけていくのに「もったいない」ということは、ちょっと違うように思うのは私だけでしょうか?(横道にそれました)

 まちがえた問題をもう一度やりなおすこと、それをノートにきちんと残しておくことは、自分が覚えたやり方をもう一度見直すことのできる大切な勉強だと、私は思っています。

その2・検算をノートのすみに書き、 すぐに消そうとする子どもたち
 これも、その大切さは、<その1>と同じです。
 子ども達は、検算(暗算ではできないときに書く補助計算のこと)をノートのすみっこにちっちゃく書いて、答えが出たらその筆算は消してしまう、ということが多いです。
 
 これも、「ノート指導」で低学年からきちんと習慣づけていけば、できることです。
 きっと子ども達は、「この検算は、今やっている式と答えには関係ないからすみっこで確かめる。ただ確かめるだけだから、自分がこんな計算も筆算でやらなきゃいけないのかと思われるのはいやだから、消す。・・・」といった具合でしょうか?
 その気持ちも痛いほどよくわかります。
 
 でも、それも気がついた時には次のように声かけしています。
「答えをだしていくのに大切な計算だから、こっちの広い方へ堂々と書いておいたらいいんだよ。後で答え合わせの時、その計算でまちがっているかもしれない、そのことが残しておけばよくわかるよね。」というふうに。

 
 このような子どもの「傾向」「気持ち」はよくわかります。
 よくわかりますが、やはり「まちがいはまちがいだ」として、
 「自分で」「自分を」見つめる、認めることは、「次へのステップ」を考えると、そういう「訓練」は大切だと思います。
 小さい時はわけわからずやっていても、大きくなってきたらわかる。
 大きくなってからだと、はずかしかったり面倒くさがってしなくなる・・・。
 
 そのためにも、大切な「ノート指導」だと思っていますし、その行為が「子ども自身が自分を認めていく」という大きな人間形成にもつながっていく大事なことではないかなと思います。
 
 また、一度お子さんのまるつけの様子をのぞいてみてください。
 いかがでしょうか?

2008年9月1日

応援団NO.72 2学期、また新しい気持ちで・・・!


<2学期、また新しい気持ちで・・・!>

いよいよ二学期が始まりましたね!

みんな元気に新しい学期を迎えられたことと思います。

 夏休み、朝からやっていた塾、そのせいか朝の時間がなんだかポッカリ穴があいたみたいに感じ、ちょっぴりさみしさも感じました。

それだけ、普段とちがって、夏休みはびっしり3時間平日よくやったなぁと自分でも感心します。今年は特に!
 塾生が増えたこともありますが、それでもほとんど毎日続けてこれたことに、子ども達そしておうちの方々に感謝です♪
 

 「おはようございま~す!」と玄関に入ってくる子ども達の元気な声に支えられ、
自分自身の生活習慣も保たれて、
体調でお休みすることなくやってこれたことが一番の収穫でした。
本当にありがたいことだなと改めて、
「夏休み、ありがとうございました!」です。
 

 さて、二学期の初日の朝のお子さんの様子はいかがでしたか?
 また、帰ってきてからの報告の内容はいかがでしたか?
 ひょっとしたら、朝眠たい目をこすりながらなんとか時間に間に合って出て行った子もいるかもしれませんね。
 夏休みにできた「遅寝遅起き」の名残りがあって、午前中ちょっと辛いことが続くかもしれませんね。(うちの子もちょっと心配・・・)
 

 それ以上に、ここのところの天候。
 急に涼しくなったかと思ったら突然の大雨、そして、またやってきた残暑・・・。
 元気なものでもちょっとやられそうになりますよね。
 

 どうぞ、二学期の生活が軌道にのるまでは、子ども達の生活に十分気をつけてあげたいものですね。
 おうちの人が思っている以上に、子どもは「元気」だとは思いますが。
 

 すっかり忘れてしまった学校生活をできるだけ早くもとのようにもどしながら、
 夏休みがんばったことを自信にしながら、
 また新しい気持ちで二学期のよいスタートを始めてほしいなと願っています。

 今週、来週くらいは、夏休みの疲れ・二学期始めのくたびれもでてくるかもしれません。
 お子さんの朝の様子、そして帰ってきたときの様子など、特に注意をしてその変化を(サインを)くみとってあげたいものですね。
 

 学校では、席替え、新しい班、係り、当番などに始まり、一気に運動会の練習や学校行事に突入していくことでしょう。
 そんな学校生活での出来事を聞きだしてあげながら、
 「二学期もがんばっていこうね!」
と応援していきたいですね。
 
 もし、何か気になることがあったら担任の先生に相談しましょう。
 私でよければいつでも!どんなことでも!遠慮なく!どうぞ・・・!



<新しい発見!・・・1時間ごとが「クラス」? >


 夏休みに塾をしていて、思った事です。
 1時間1時間のメンバーで「ひとクラス」という感じ・・・。
 「次は、あの子とあの子とあの子だな・・・。」という自分の心構えみたいなものがあって、「今日あの子は、これをして、あの子は、ここまでやって・・・」みたいな、ある程度のめあてのようなものを私自身のなかで考えながら「その時間」に向かいます。
 
 子ども達も「あれ?今日は○○さんはいないの?」という声をよく聞きました。
 
 子ども達も私も、その時間のメンバーを意識してその時間にむかっているんだなぁと今さらながら思う事が多かったです、

 この夏休み。偶然時間割を組んでみたら同じメンバーという時が多かったので余計にそう感じたのかもしれません。
 
 このようなことは以前にも書いたかもしれませんが、その時間内でいっしょの子どうしで、うまく刺激しあって、また教え合いっこができたりして、その1時間のメンバーが「ひとつのクラス」のようにできあがっていくような感じがしました。
 そして、それがとても居心地よく、私もその「クラス」に応じて接していくことができていくのを感じました。
 
 これは、よく考えてみれば、平日の塾でもそうなんですよね。
 その時間その時間のメンバーでつくり上げていくその時間の雰囲気みたいなもの、それは子ども達どうしがかかわり、声かけあったり、注意したり、励ましたり・・・そんなふうに塾のひとコマひとコマが進んでいくという感じですね。

 そんな、あったかいメンバーどうしの支えあいも、少人数の我が塾にも存在するんだなぁと新しい発見をしたように思いました。
 
 二学期も、1時間1時間を大切に、子ども達といっしょに「新しいクラスづくり」をしながら、がんばっていきたいなと思いました。


<おしらせ>
● 新しいお友達が二人入りました!水曜日の4時からの時間帯に入ります!よろしくね!

● 二学期からの新しい塾の時間割をお渡しします。曜日と時間を確認してください。
(別紙同封)

● 夏休みの月謝袋をお渡しします。回数分ですので、金額をよく確認してください。もし、まちがい等ありましたら、教えてください。

● 9月分の月謝は、今月第2週くらいになります。よろしくお願いします。

● 二学期からも「第2教室」(実家のほう)で行います。

2008年8月25日

「大応援団モバイル」

最近、「大応援団モバイル」の方で、日々の事柄を綴っています。

こちらの「大応援団」ももちろん続けていくつもりでいますが、なかなか更新する機会も少なくなってきました。

もし、よろしければ、「大応援団モバイル」の方へも遊びに来てください。

携帯でも見れますので、お気軽にお越しください。

お待ちしていま~す♪


「大応援団モバイル」 →http://ameblo.jp/kattyan5-mobile





応援団長より